個と死について わたしという存在はほぼ間違いないとしても、連続性的観点からみるとわたしという存在は薄れる

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わたしという存在はほぼ間違いないとしても、

 

連続性的観点からみると

 

わたしという存在は薄れる。

 

そ〜いった意味合いから見ると、死という定義自体も、

 

薄れるというか揺らぐ。

 

ええね〜(^^♪

 

薄らいだ定義をいかに自分自身で、

 

さらに純度0に近づけれられるかが、

 

心(心象)の育みなのかなと。

 

事象として、個人は現存するし、死もあるが、

 

連続性的観点からみると、実は個も死も

 

事象としてあるだけの話で、

 

そのペースは、ただ連続性的事象を包括

 

しているだけ。

 

ペースとは何かは、論理的思考では推し量ることはできないようだ。

 

ペース的観点からみれば、個も死もあるにはあるが、

 

そんなことは、一切頓着なし。

 

ここが肝心な点だに〜

 

個もペース的なものもわずかだが持ち合わせているので、

 

毎日の心養というか、気づきでペースになっちゃえばええよね。

 

人の心の養いとは、エゴを離れペースそのものになる

 

ことなんじゃろね。たぶん。

 

ペースそのものになるとこういった発言はなくなるんじゃろね。

 

「どこからきてどこへ行かれるのかな?」

 

「〇から来て、〇へ行きます」

 

ま〜タジバンダリもあぶにゃいな 汗

 

お後がよろしいようで。。。。

 

 

 

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